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エアウィーヴに関する対談記事をお届けいたします。

坂東玉三郎さんと加賀屋を繋いだ人と時とエアウィーヴの縁。

2013年からエアウィーヴのテレビCMに出演されている、 歌舞伎俳優の坂東玉三郎(ばんどうたまさぶろう)さん。その坂東さんが、 新しいテレビCMの撮影で訪れたのが、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で33年連続総合部門1位に選ばれている、 石川県和倉温泉の 「加賀屋」。エアウィーヴが繋いだ不思議な縁について、若女将の小田絵里香(おだえりか)さんと語り合いました。
※2013年時点


3年ぶりに訪れた加賀屋でのCM撮影

―― 坂東さんは、久しぶりの加賀屋さんとのことですが、ご滞在はいかがでしたか?

坂東昔から贔屓にさせて頂いてきましたが、今回はたまたま間が空いて3年ぶりになってしまいました。でも、お陰さまで新鮮な気持ちで逗留を満喫することができました。朝から晩まで美食づくしで、夜もエアウィーヴの四季布団でよく眠れて、とても元気になりましたよ。

小田憧れの玉三郎さんにそうおっしゃって頂けて、本当に嬉しく存じます。

―― エアウィーヴのCM撮影のためのロケでしたが、悪天候だったにもかかわらず、撮影の時だけ陽の光が射したのは、やはり玉三郎さんが舞台で演じられた 『アマテラス』 のお陰でしょうか?

私の場合、ロケの現場で土砂降りというのは珍しいんですよ。特に加賀屋さんでは、過去にも何度も素晴らしい夕陽を眺めたことがあったんです。部屋が真っ赤に染まるくらいでした。今回は、残念ながらその見事な夕陽こそ見られませんでしたが、なんとか無事に撮影を終えられて、ほっとしています。

小田本当に、アマテラスの神様のお陰だったのかもしれませんね。

エアウィーヴが繋いだいくつもの縁と出会い

―― 坂東さんがエアウィーヴのマットレスパッドをお使いになられるようになって、ちょうど3年と伺っていますが、加賀屋さんで初めて迎賓室にエアウィーヴを導入されたのも3年前のことでしたね?

小田はい。いまでは全客室で採用することになり、多くのお客さまからご好評を頂いております。

坂東私も初めは自分で愛用していたところから、そのうち共演する鼓童(こどう)の方たちにも推薦して、使って頂くようになりました。そこからご縁が広がって、いまこうして加賀屋さんでエアウィーヴのテレビCMに出させて頂いているのですから、不思議なものですね(笑)。それと、例えば鼓童のいる佐渡島とも、加賀屋さんのある和倉温泉とも、初めに人の繋がりがあって出会っているんです。新しい土地との出会いも、やっぱり人のご縁から始まるんですね。

―― 日本一といわれる加賀屋さんの 「おもてなし」 も、やはり人との一期一会の出会いを大切にするところにあるのでしょうか?

小田私たちは、何年経っても思い出して頂けるような、そんなおもてなしを目指しています。お客さまから、 「あの時食べた食事の味をいまでも思い出す」とか、「雲に抱かれたような不思議な感覚でぐっすり眠れた」とかいったお話を後から聞かせて頂く時ほど、幸せに感じる瞬間はございません。感動の体験というものは、恐らく人生の最後の瞬間まで記憶の中に生きているのではないでしょうか。それは玉三郎さんのおっしゃるとおり、人なしでは生まれなかったものです。私たちはこれからも、おもてなしをする人がいることで生まれる感動をご提供していきたいと思っております。

長い時をかけて人が育むもの

―― 坂東さんが鼓童と『アマテラス』の公演をご一緒されているのも、出会ってから10年の歳月をかけてゆっくりと紡いできた信頼関係があってのことでしたね?

坂東はい。それと、海外の公演が実現した時には、さらに人のご縁というものを強く感じますね。誰がどうやって、誰を介して呼んでくれたのか。単にビジネスだけの話では、決して成功しません。振り返ると、この人がいてくれたから実現できたというようなことばかりでした。

―― 加賀屋さんでは、かつて創業100周年の記念の際に坂東さんをお招きされたとか。 坂東さんとは、どのようなご縁があったのでしょうか?

小田大女将である母が、ずうっと恋して恋して恋焦がれたのが玉三郎さんでした。きっと母は、50年にわたってこの加賀屋を切り盛りしてきた自分の足跡と、玉三郎さんのプロフェッショナルとしての生き方を、生きる世界はまるで違いますけれども、いつも重ね合わせて、励みにしてきたのだと思います。

坂東今回こうしてご一緒できたのも、思いもよらない嬉しい出会いでしたね。

小田本当に。人と時とエアウィーヴが繋いでくれたご縁に感謝しております。

加賀屋全室に導入
エアウィーヴ 四季布団をチェック
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坂東玉三郎さんと加賀屋を
繋いだ人と時と
エアウィーヴの縁。

2013年からエアウィーヴのテレビCMに出演されている、歌舞伎
俳優の坂東玉三郎(ばんどうたまさぶろう)さん。その坂東さんが、
新しいテレビCMの撮影で訪れたのが、「プロが選ぶ日本のホテル・
旅館100選」で33年連続総合部門1位に選ばれている、石川県
和倉温泉の「加賀屋」。エアウィーヴが繋いだ不思議な縁について、
若女将の小田絵里香(おだえりか)さんと語り合いました。
2013年時点

加賀屋若女将

小田 絵里香さん

福岡県出身。大手航空会社の客室乗務員を経て、和倉温泉(石川県)加賀屋の長男 與之彦氏と結婚し、若女将に。義理の母である大女将とともに、加賀屋伝統の小さな気配り、心くばりを基本にしたおもてなしを提供し、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」(旅行新聞新社調べ)において、33年連続総合日本一の座を守り続けている。

歌舞伎俳優

坂東 玉三郎さん

1950年東京生まれ。6歳で十四代目守田勘弥の部屋子となる。翌年坂東喜の字を名のり初舞台を踏む。以後、大役を次々に演じ、注目を集める。1964年、歌舞伎座にて『心中刃は氷の朔日』のおたまほかで五代目坂東玉三郎を襲名。歌舞伎以外にも、舞踏家として、あるいは演出家、舞台監督としても幅広く活躍している。2011年京都賞思想・芸術部門受賞。2012年重要無形文化財保持者に各個認定(人間国宝)。2013年フランス芸術文化勲章コマンドゥール章受章。

プロフィール

3年ぶりに訪れた加賀屋でのCM撮影

―― 坂東さんは、久しぶりの加賀屋さんとのことですが、ご滞在はいかがでしたか?

坂東昔から贔屓にさせて頂いてきましたが、今回はたまたま間が空いて3年ぶりになってしまいました。 でも、お陰さまで新鮮な気持ちで逗留を満喫することができました。 朝から晩まで美食づくしで、夜もエアウィーヴの四季布団でよく眠れて、とても元気になりましたよ。

小田憧れの玉三郎さんにそうおっしゃって頂けて、本当に嬉しく存じます。

―― エアウィーヴのCM撮影のためのロケでしたが、悪天候だったにもかかわらず、撮影の時だけ陽の光が射したのは、やはり玉三郎さんが舞台で演じられた『アマテラス』のお陰でしょうか?

坂東そうだったらいいですね(笑)。実は朝からロケの予定だったところが、雨で無理かなと思ったら、いよいよ土砂降りになりましたでしょう?それでロケがなくなって、加賀屋さんだけで撮影しましょうとなった途端に、雨が止んでお陽さまが顔を出しました。今回はそういう巡り合わせだったのでしょう。
私の場合、ロケの現場で土砂降りというのは珍しいんですよ。特に加賀屋さんでは、過去にも何度も素晴らしい夕陽を眺めたことがあったんです。部屋が真っ赤に染まるくらいでした。今回は、残念ながらその見事な夕陽こそ見られませんでしたが、なんとか無事に撮影を終えられて、ほっとしています。

小田本当に、アマテラスの神様のお陰だったのかもしれませんね。

エアウィーヴが繋いだいくつもの縁と出会い

―― 坂東さんがエアウィーヴのマットレスパッドをお使いになられるようになって、ちょうど3年と伺っていますが、加賀屋さんで初めて迎賓室にエアウィーヴを導入されたのも3年前のことでしたね?

小田はい。いまでは全客室で採用することになり、多くのお客さまからご好評を頂いております。

坂東私も初めは自分で愛用していたところから、そのうち共演する鼓童(こどう)の方たちにも推薦して、使って頂くようになりました。そこからご縁が広がって、いまこうして加賀屋さんでエアウィーヴのテレビCMに出させて頂いているのですから、不思議なものですね(笑)。それと、例えば鼓童のいる佐渡島とも、加賀屋さんのある和倉温泉とも、初めに人の繋がりがあって出会っているんです。新しい土地との出会いも、やっぱり人のご縁から始まるんですね。

―― 日本一といわれる加賀屋さんの 「おもてなし」 も、やはり人との一期一会の出会いを大切にするところにあるのでしょうか?

小田私たちは、何年経っても思い出して頂けるような、そんなおもてなしを目指しています。お客さまから、「あの時食べた食事の味をいまでも思い出す」とか、「雲に抱かれたような不思議な感覚でぐっすり眠れた」とかいったお話を後から聞かせて頂く時ほど、幸せに感じる瞬間はございません。感動の体験というものは、恐らく人生の最後の瞬間まで記憶の中に生きているのではないでしょうか。それは玉三郎さんのおっしゃるとおり、人なしでは生まれなかったものです。私たちはこれからも、おもてなしをする人がいることで生まれる感動をご提供していきたいと思っております。

長い時をかけて人が育むもの

―― 坂東さんが鼓童と『アマテラス』の公演をご一緒されているのも、出会ってから10年の歳月をかけてゆっくりと紡いできた信頼関係があってのことでしたね?

坂東はい。それと、海外の公演が実現した時には、さらに人のご縁というものを強く感じますね。 誰がどうやって、誰を介して呼んでくれたのか。単にビジネスだけの話では、決して成功しません。振り返ると、この人がいてくれたから実現できたというようなことばかりでした。

―― 加賀屋さんでは、かつて創業100周年の記念の際に坂東さんをお招きされたとか。坂東さんとは、どのようなご縁があったのでしょうか?

小田大女将である母が、ずうっと恋して恋して恋焦がれたのが玉三郎さんでした。きっと母は、50年にわたってこの加賀屋を切り盛りしてきた自分の足跡と、玉三郎さんのプロフェッショナルとしての生き方を、生きる世界はまるで違いますけれども、いつも重ね合わせて、励みにしてきたのだと思います。

坂東今回こうしてご一緒できたのも、思いもよらない嬉しい出会いでしたね。

小田本当に。人と時とエアウィーヴが繋いでくれたご縁に感謝しております。

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